2016年12月01日

マインドフルネスについて、説明足しておこう。(だいぶ前に書いたのとは違うと思う)

マインドフルネスについての、説明が「今ここに...」っとか言っても、
はっ?ってなりますね。
一つの説明として書き足しておきます。

少し前の話。

散歩してる時...
ただ道を歩いてるだけでも、花を見つけると幸せな気分になります。
花を探しているわけではなく、そこに気づき感動する。

少し前に並木散歩してた時に、キノコを見つけられた方がいまして、すごいな〜っと思いました。
枯れ葉の色と似ていて、わかりにくいのに気づいた。
木の根の方を凝視しながら歩いてたわけではないと思います。

人間、目には映像が入っていても、脳が勝手に選択してる事が多いのです。
例えば、人通りなら、まず人にぶつからないように判断しようと注意がそこに向かいます。
そして、他に見えているはずの映像は何が起きているのかも分からなくなりやすい。

考え事をしながら歩くと、いきなり人が現れたと思ってしまう事、あるのではないでしょうか。

ありのままに見るというのは、一つに凝視しているわけではなく、
そのままの視野に入っているのを観ている状態。
判断しようとした瞬間に、凝視の方へ向かう。

これは、座ってする瞑想の時も同じです。
カラダの不快感が出たときに、そこに意識を向けずに、ただ起きている事を観察しているだけです。

光我が、説明で良く使っているのは、蚊に刺されてもかきむしらない。
蚊に刺されました。痒いがしばらくすれば収まる事実を知っています。
そこに意識を持っていく必要はなく、ただただ痒いという事の情報が入っているだけ。

マインドフル瞑想は、すごい事ではなく昔からある瞑想の初期の段階のテクニックです。

ヨガレッスンなら、ポーズをしているときに、自分のカラダに意識を向け観察しているように促してます。
それも、マインドフルネス。

バランスのポーズで、揺れ動いたり崩れても、マインドフルネスは出来ます。
自分の感情を第三者のような感じで観てる状態になる準備になります。

そこに悲観的に観てしまう要素はいらない。
ただありのままに観ていられる目を養っていくチャンスです。

マインドフルネスの状態とは、今ここに起きている事とに気づくことです。
ありのままに、判断なくです。
判断してると、ありのままでは見えませんね。

まず、ありのままを観、ココロがどう動いてるかも観察する。

そこから探求心を向けるべきとこへ向ける。

変なとこに向けちゃだめよ〜(笑)







posted by kouga at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬は、退化もしくは老化しやすいと思うんだよね〜...

人間も自然の一部と思います。
アンチエイジングなんて、自然の流れに逆らっていると思います...
って、受け入れられる方は、ある意味煩悩が一つ減っているので、
悩みからは一つ解放されていると思いますよ...(笑)

まず、現実的な話からして、老化を止めることはできません。
しかし、その速度を遅くすることは出来ます。

まず、何を目的にするか?
美容のためか?健康のためか?

健康であるなら、美容にも良いと言えますが、その逆は成り立たないことは多いと思います。

まず、健康であるためには、自分の力で行動が出来ること。
そして、快適である事と思います。
例え、カラダのどこどこが痛いとしても、苦にならない程度ならいいでしょう。

冬は、寒くカラダが丸くなり、行動も制限しやすくなります。
気分的にも、カラダを動かす気になれない方も多いと思います。
風邪もひきやすく、体調を崩せばなおさら動けない。

カラダを動かさないことにより、筋力は落ちやすく、関節の可動域も失われやすい。

カラダを動かしたい衝動が起きるのは、春ごろだと思います。
真夏になると、暑すぎて行動が抑制されやすい。
秋は、また動かそうかという気持ちが出てくるでしょう。
冬になるにつれて、動きたくなくなる。

春から夏、秋から冬に変わるときは、雨が降ることが多い。

余程の気持ちが無いと、運動は続けられませんね...

続ける方法として、脳に報酬を与える方法があります。
脳内ホルモン...一種の快感物質。
これを求めすぎると、過剰に運動しすぎて、カラダに負担が強くなりすぎます。
このことは、自覚されていない方は多いと思います。

顔は、苦痛に満ちてるのに、歯を食いしばってまで走られている方を見かけたりします。

カラダを痛めにくく、健康であるレベルならそこまでする必要はないのですが、
刺激に支配されてしまう事はあります。

程よいレベルの運動とは、力みのない喋れる程度です。

運動には、有酸素運動と無酸素運動がありますが、どちらが優位であるかは特に考える必要はないでしょう。

人間の行動には、どちらも必要なのですから!

自分が目指すことに対して、割合を変えていけばいいと思います。
ボディビルダーや瞬発力が有酸素運動よりも必要なら無酸素系を増やし、
細身な体系や長時間動いていられる事を目指すなら有酸素系を増やせばいい。

ヨガは、有酸素系の割合が強い。
しかし、ヨガの良いところはこの有酸素、無酸素の概念の外にある。
普段あまり動かさないとを動かし、栄養を行きわたらせる。
普段は外の情報ばかりに気を取られ、自分のカラダへの意識を忘れていたことに気づく。
終わりのない探求心が芽生え、日々の生活に潤いが出てくる。
自分の考え方が、自分を痛めている事に気づくことが早くなり、
切り替えることが出来てくる。

後半になってくると、ヨガ体操からヨガ哲学の割合が多くなりますね。

ヨガにも流派があります(最近の個人が作った流派では無い)。
佐保田鶴浩 師の「ヨーガ入門」より抜粋しますと、
@ラージャ・ヨーガ
Aカルマ・ヨーガ
Bジュニャーナ・ヨーガ
Cハタ・ヨーガ
Dラヤ・ヨーガ
Eバクティ・ヨーガ
Fマントラ・ヨーガ

一般的に、フィットネスで教えられているモノは、ハタ・ヨーガの部類ですが...
その中でも、カラダを扱う部分のみがほとんどなので、ハタ・ヨーガの一部分をやっていると思っていた方が良いでしょう。(ヨーガとヨガは同じですが、本来のカタカナ表記はヨーガです)

光我が、認定登録しているヨガアライアンス RYT500では、光我個人の探求心もありますが
@〜Fの知識を統合的に得ています。

@BCは、今も磨き中です。

知識を得ただけでは、まだ智慧を得たとは言えません。

人生に好奇心は、必要だと思います。
ただ道を歩いてるだけでも、花を見つけると幸せな気分になります。
花を探しているわけではなく、そこに気づき感動する。

少し前に並木散歩してた時に、キノコを見つけられた方がいまして、すごいな〜っと思いました。
枯れ葉の色と似ていて、わかりにくいのに気づいた。
木の根の方を凝視しながら歩いてたわけではないと思います。

人間、目には映像が入っていても、脳が勝手に選択してる事が多いのです。

マインドフルネスの状態とは、今ここに起きている事とに気づくことです。
ありのままに、判断なくです。
判断してると、ありのままでは見えませんね。

まず、ありのままを観、ココロがどう動いてるかも観察する。
そこから探求心を向けるべきとこへ向ける。

変なとこに向けちゃだめよ〜(笑)









posted by kouga at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする